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東京高等裁判所 平成11年(行ケ)324号 判決 2000年7月12日

原告

日本精工株式会社

代表者代表取締役

【A】

訴訟代理人弁護士

久保田穰

増井和夫

被告

光洋精工株式会社

代表者代表取締役

【B】

訴訟代理人弁護士

牛田利治

岩谷敏昭

澤由美

同 弁理士

【C】

【D】

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた裁判

1  原告

特許庁が平成10年審判第35338号事件について平成11年8月6日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨の判決

第2当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、名称を「軸受組立体」とする発明(以下「本件発明」といい、その特許を「本件特許」という。)の特許権者である。本件特許は、昭和62年5月28日に出願された実願昭62-80001号を平成6年2月18日に特許出願に変更した特願平6-21193号につき平成8年9月19日に設定登録がされたものである(登録第2562003号)。

被告は、平成10年7月22日に本件特許の無効審判を請求し、特許庁は、同審判請求事件を平成10年審判第35338号事件として審理したうえ、平成11年8月6日に「特許第2562003号発明の特許を無効とする。」との審決(以下「本件審決」という。)をし、その謄本は、平成11年9月6日、原告に送達された。

2  本件特許の願書に添付された明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の記載軸受組立体において、車体に取り付けられる外輪と、車輪が取り付けられる円筒状のハブと、該ハブの周囲に設けられた内輪と、該外輪と該内輪との間に配置され該外輪に対して該内輪を回転自在に支持する複数の転動部材と、前記内輪を前記ハブに固定して一体的に回転するように、前記ハブに螺合されるナット部材と、該ナット部材の周囲を取り巻くようにして前記外輪に取り付けられ、該外輪の端部開口をふさぐカバーと、該ハブと一体的に回転するパルサーと、該パルサーに近接配置され、該パルサーの回転数を検出するためのセンサーとからなり、該センサは、前記カバーに取り付けられ、前記ナット部材の外周面と前記カバーの内周面とにより形成された半径方向の空間内に配置されており、かつ前記カバーの最大内径よりも半径方向内方に位置する軸受組立体。

3  審決の理由の要旨

審決は、別添審決書写し記載のとおりであるが、本件発明が、刊行物1(実願昭60-35292号(実開昭61-152971号)のマイクロフィルム)及び刊行物2(「FEBRUARY 1987, automotive engineering, Annual Congress Issue, TheEngineering Society For Advancing Mobility Land Sea Air and Space」の「Plug into the new NDHABS Integral SensorWheel Bearing System」)記載の発明から当業者が容易に発明をすることができたとして、本件特許を無効とした。

第3審決取消事由

審決は、本件発明における「センサ」及びセンサが「ナット部材の外周面と前記カバーの内周面とにより形成された半径方向の空間内に配置されていること」の意義の認定を誤り(取消事由1)、また、刊行物1、2におけるセンサの位置について認定を誤り(取消事由2)、さらに、刊行物1、2の組合せにより当業者が容易に本件発明をすることができたとの誤った判断をした(取消事由3)ものである。

その詳細は、以下のとおりである。

1  取消事由1(本件発明の認定の誤り)

本件発明の構成要件である「センサ」は、外輪と一体化された回転部材の回転数を検知するものであるが、その長さは30~40㎜に達する。本件発明の課題は、これだけの大きさを有するセンサをいかに効率的、かつ、好適な態様で軸受組立体に組み込むかにある。本件明細書の特許請求の範囲の記載における「前記ナット部材の外周面と前記カバーの内周面とにより形成された半径方向の空間内に配置され」等の規定は、上記センサがカバーの軸方向端部からカバー内部に挿入され、かつ、その実質的な部分がカバー内部に配置されることを意味するものであって、これと異なる審決の認定は誤りである。

2  取消事由2(刊行物1、2の認定の誤り)

(1)  刊行物1のセンサ

刊行物1の軸受組立体の全体構造は、アクスルハウジングの円筒状の側壁に孔を開け、ピックアップセンサの主要部をアクスルハウジングの側壁の孔に固定させ、感知部がアクスルハウジングの内面に露出してセンサロータと向き合っており、L字型ピックアップセンサは、感知部から折れ曲がった部分までの大部分がアクスルハウジングの側壁の孔の中に保持されているというものである。したがって、刊行物1のピックアップセンサは、その極く一部である感知部が、アクスルハウジング内面とナット部材の外周面で形成された空間に臨んでいるのみであって、ピックアップセンサが該空間内に配置されているとはいえない。

本件発明は、センサが相当程度の大きさを有することを前提とし、これをカバーの内周面とナットの外周面の間に形成された空間に収納するものであって、刊行物1において、本件発明のセンサに相当する部分は、感知部だけではなく、コイル及び磁石を含む全体である。この点において、審決は刊行物1のセンサに関する認定を誤っている。

(2)  刊行物2のセンサ

刊行物2では、本件発明のパルサーに相当する部材11の凹凸面がカバー8の底面と向き合って配置され、カバー底面の外側にセンサを収納するケースが大きく突出している。すなわち、センサの大部分は、カバー外側のケース内に収納され、先端部分のみがカバーの底面内側から突出して、底面と対向するパルサーの面と向かい合って配置されている。本件発明は、ナットの外周面とカバーの内周面の間に形成された空間にセンサを配置するものであり、センサを収納する部分が軸方向の後方まで突出したのでは、軸受組立体をコンパクト化するという本件発明の目的を達しないのであって、上記突出部分は、本件発明のカバーに該当しない。

また、上記空間内に配置されているのは、センサの先端部のみであり、これをセンサの全体であるという審決の認定は誤りである。

2  取消事由3(容易想到性の判断の誤り)

(1)  刊行物1、2のいずれも、センサがナット部材の外周面とカバーの内周面とにより形成される空間内に配置された構成を開示していない。すなわち、刊行物1は上記空間の半径方向外側に、刊行物2は上記空間の軸方向外側に、それぞれセンサを配置しているのであって、このような刊行物を組み合わせても、上記空間内にセンサの大部分を配置するという本件発明の技術思想は生じない。

(2)  刊行物2は、センサをハブ及びナットの外側に取り付けるためのカバーを設け、軸受組立体の本体に影響しないようにするため、パルサーもハブの端部に取り付け、カバー端面のセンサ先端部と近接するように構成しているのである。この構成は、一つの完成した形態であり、当業者が刊行物1を参照しても、刊行物2の構成に変更を加えようという発想は生じない。

(3)  刊行物1では、ピックアップセンサが半径方向外側からアクスルハウジングを貫通して、車軸の外周部に設けられたパルサーに向かい合っている。他方、刊行物2では、センサは、車軸に沿った方向に配置され、車軸の端部位置に設けられたパルサー面に向かい合っている。したがって、刊行物1を見て、刊行物2のセンサを半径方向に回転させても、本件発明の構成とはならない。

第4被告の主張

1  取消事由1(本件発明の認定の誤り)に対する反論

本件発明を構成する「センサ」について、本件明細書には、「電磁ピックアップ方式のセンサ」、「センサ」と記載されているのみであり、センサの「実質的な部分が」カバー内部に配置されるなど原告主張の構成に係るセンサに限定される旨の記載はない。また、センサの大きさには種々のものがあり、原告主張の大きさに限られるものでもない。

2  取消事由2(刊行物1、2の認定の誤り)に対する反論

(1)  刊行物1のセンサについて

原告は、刊行物1のセンサの配置状態に関して、ピックアップセンサがアクスルハウジングのフランジ部に埋め込まれていると主張するが、フランジ部は、3角形や楕円形のものも考えられ、フランジ部のないアクスルハウジングの筒部にピックアップセンサを埋め込んで、かつ、ピックアップセンサがセンサロータの凹凸により近接させた態様もある。また、刊行物1におけるセンサの配置については、刊行物1の態様は、原告主張のものに限られるものではなく、感知部から折れ曲がった部分までの相当な部分が半径方向の空間内にある場合もある。なお、感知部は、ピックアップセンサの相当の割合を占める部分であって、センサの極く一部であるとはいえない。

(2)  刊行物2のセンサについて

刊行物2のカバーは全体として一体ものであり、その一部につき「ケース」という別の部材であるとはいえない。

3  取消事由3(容易想到性の判断)に対する反論

刊行物1及び刊行物2記載の発明は、いずれも装置のコンパクト化を技術的課題とするものであるから、刊行物2の「センサがカバーの最大内径よりも半径方向内方に配置され、かつ、センサが上記半径方向の空間の軸方向の延長部分に配置されている」という構成を刊行物1の「センサーをアクスルハウジング4とセンサロータ7の間の半径方向空間内に配置する」という構成と組み合わせ、本件発明の構成を得ることは、当業者として容易に想到することができる。

第5当裁判所の判断

1  取消事由1(本件発明の認定の誤り)について

原告は、本件発明のセンサが一定以上の大きさを有するものであると主張するが、本件明細書の特許請求の範囲の記載は、前記のとおりであり、単に「センサ」とのみ記載されているうえ、本件明細書のその他の部分にも、本件発明のセンサが原告主張の形状や大きさに限られると解すべき記載はない。また、原告は、本件発明の構成がセンサの実質的な部分がカバー内部に配置されるものであると主張するが、本件明細書の特許請求の範囲には、「該センサは、前記カバーに取り付けられ」とのみ記載され、発明の詳細な説明中にも、センサのカバーへの取付態様に関する記載はない。むしろ、本件発明の実施例である[図2]には、センサのかなりの部分がカバーの外側に突出した構成のものが記載されている。この点に関する原告の主張は、本件明細書の記載に基づかないものであって、採用することができない。

2  取消事由2(引用例1、2の認定の誤り)について

(1)  刊行物1のセンサ

刊行物1(甲第4号証)には、「車軸6のねじ部6aにねじ込まれたセンサロータ7に近接した位置で、アクスルハウジング4にピックアップセンサ10が固定され、ピックアップセンサ10の感知部11がセンサロータ7のワッシャ部7bの外周上に形成された凹凸7cに臨むように配置される。」と記載され(5頁1ないし6行)、感知部が上記凹凸に臨むように配置されることが記載されており、上記凹凸の周囲には、所定の大きさの空間があると認められるから、感知部ないしその一部がセンサロータの凹凸面とアクスルハウジングの内周面とにより形成された空間に配置されていると認められる。

原告は、ピックアップセンサの固定構造について、ピックアップセンサの極く一部である感知部がアクスルハウジング内面とナット部材の外周面で形成された空間に臨んでいるのみで、ピックアップセンサが該空間内に配置されているとはいえないと主張するが、感知部がアクスルハウジング内面とナット部材の外周面で形成された空間に臨んでいるだけでは、感知部の先端とセンサロータの凹凸面との距離が大きくなってしまううえ、強磁性体であるボールベアリングの外輪側縁に感知部が隣接し、感知部先端から凹凸に通るべき磁力線がバイパスされてしまうため、感知部における検出感度が低下してしまう不都合が生じる。刊行物1がこのような構成を採るものと解することはできず、原告の主張は採用することができない。

本件発明は、ある大きさを有するセンサをカバーの内周面とナットの外周面の間に形成される空間に収納しようというものであるが、前記のとおり、このことは、センサの全体が上記空間内に収納されることを意味するものではない。

刊行物1には、「車両の走行とともに車輪が回転し、車軸6及びセンサロータ7が回転すると、アクスルハウジング4に固定されたピックアップセンサ10の感知部11によって、センサロータ7のワッシャ部7b外周上の凹凸7cが電磁誘導的に感知され、ピックアップセンサ10から車輪の回転速度に応じた周波数のパルス信号が得られる。」(5頁14ないし20行)と記載され、感知部は、コアに巻かれたコイル、永久磁石からなる電磁ピックアップであることが認められるから、センサローラの凹凸面とアクスルハウジングの内周面とにより形成された空間に感知部の一部ないし大部分を配置できるのであれば、本件発明と同様、センサが空間に配置されているということができ、この趣旨をいう審決の認定は、是認することができる。

(2)  刊行物2のセンサ

原告は、刊行物2のセンサについて、その大部分はケース内に収納され、先端部分のみがカバーの底面内側から突出して底面と対向するパルサーの面と向かい合って配置されていると主張する。しかしながら、刊行物2(甲第5号証)の頁(B)中央下の図において、カバーの左部分の断面が表されており、これによれば、カバーが薄板であることが認められる。また、刊行物2の頁(A)の写真によれば、カバーは同一色で滑らかに連続しており、カバーとその外側にある別部材との接合構造を認めることはできないから、カバーは一枚の薄板を変形した構造を成すものと認めることができる。

原告は、センサを収納する突出部分もカバーの一部であるとすると、軸受組立体をコンパクト化する目的を達しないから、そのようなカバーは本件発明のカバーに該当しないとも主張するが、カバーの外側に別の部材である「ケース」があるということはできず、刊行物2が軸方向のコンパクト化という点で劣るとしても、これを刊行物1と組み合わせることによりセンサの配置が変わり、軸方向もコンパクト化されるから、刊行物2の部材8を全体としてカバーであると認定することに問題はない。また、原告は、センサの先端部分のみがカバーの底面内側から突出し、その余の部分がカバー外側のケース内に収納されていると主張するが、「ケース」を「カバー」と別の部材であるということはできないのであるから、この点の原告の主張は、その前提を欠く。

3  取消事由3(容易想到性の判断の誤り)について

原告は、「刊行物1では、ピックアップセンサが半径方向からハウジングを貫通して車軸の外周部に設けられたパルサーに向かい合っており、他方、刊行物2では、センサは車軸方向に配置され、車軸の端部位置に設けられたパルサー面に向かい合っているから、刊行物1を見て、刊行物2のセンサを半径方向に回転させてみたとしても本件発明にはならない」と主張する。しかしながら、審決は、センサを半径方向に配置するという構成が刊行物1に記載されている以上、刊行物2におけるセンサの空間的配置を車軸方向から半径方向に変えることで本件発明の構成を採ることが容易である趣旨をいうことが明らかであって、単純に刊行物2のセンサの空間的配置を半径方向に回転させることをいうものではない。

刊行物1(甲第4号証)には、周面に歯を有するセンサロータの周囲にピックアップセンサの感知部を配置することのできる空間が存在し、その空間に続いて、センサロータの凹凸面よりも外径の小さいナット部とその周囲のキャップからなる空間が認められ、他方、刊行物2(甲第5号証)には、パルサーを覆うカバーにセンサを軸方向に沿って取り付けることができると認められる。そうすると、本件発明のカバーに相当する刊行物1のカバーを利用して、センサをカバー内部軸方向に突出させて設け、センサロータの凹凸を検出できるようにセンサ先端を配置することによって、センサを「ナット部材の外周面と前記カバーの内周面とにより形成された半径方向の空間内に配置されており、かつ前記カバーの最大内径よりも半径方向内方に位置」させるとの構成を得ることは、当業者にとって容易に想到し得ることと認められる。

容易想到性に関する審決の判断は正当である。

4  以上のとおり、審決の取消事由についての原告の主張はいずれも理由がなく、他に審決を取り消すべき事由は認められない。

よって、原告の請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民訴法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中康久 裁判官 長沢幸男 裁判官 宮坂昌利)

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